2024/08/03

泉南歴史トピックス1-②泉南市内の王子社問題(長岡王子、信達王子)



―本当は解決済みの王子社問題―

前回の泉南歴史トピックス 1-①で「当地域の混乱する王子社の比定----」と書いたが、実は今から 19 年前に泉南市民歴史倶楽部会員のN氏(郷土史家)が「泉佐野の歴史と今を知る会、会報第 215 号~222 号」に連続投稿した論考、「長岡王子をさがす」の中で、ほぼ完全に整理し発表されている。史料を丹念に読み解きながら、市内をはじめ近隣市町を含めた実地調査と丹念な聴き取り調査の結果、それまでの比定混乱を克服している。氏はこれを小冊子ファイルにまとめ、岸和田以南の近隣図書館に寄贈されているのでぜひ一度ご通読いただきたい。いつか必ず通説化し論考の妥当性を歴史に刻むことだろう。 しかし論考中の話題が多岐にわたることから、氏の許しを得て研究成果のポイントを要約すれば、①「修明門院熊野御幸記」における「次長岡王子、次信達王子、次於雄山一瀬有御禊」の一節の発見、②先輩郷土史家達の貴重な成果物である「泉南市旧字名地図」における現、馬頭観音の場所が「牧野字長岡」であることの発見、③現、岡中地区所蔵で、字走り掛けの王子社を示した「日根郡中村和絵図」(明治初年頃成立)の発見であろう。とりわけ①は大苗代の厩戸王子から山中渓の地蔵堂王子までに王子社は一つだけなのか(同じものなのか)、二つあったのかに決着をつける極めて貴重な発見なのである。しかし、発表から20年近くたった現在、ますます「熊野古道・熊野詣ブーム」が広がるなかでも各種出版物、各種報道、観光案内などで氏の論考は顧みられていない。そこで論考の存在を再度周知した次第である。 (つづく)






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