2024/08/04

泉南歴史トピックス1-⑤泉南市内の王子社問題(長岡王子、信達王子)


―長岡王子、信達王子、私の説明―


市民から聞いた話なのだが、この地を案内する方たちが当該地を「信達一ノ瀬王子」と案内されるので、その市民は「長岡王子でしょ。近くの墓地も長岡墓地よ。」と言ったら、「それは市に言ってください、私たちは市が信達一ノ瀬王子と言っているから、そのように案内しています。」と返答したというのだ。私はそれを聞いてがっかりした。その時説明された方が、比定混乱の実情を知ったうえで、自分で十分調べて考えた結果として「信達一ノ瀬王子」であると案内したのならば、それはそれでよいと思うし尊重したいとも思うが、「市が言っているから」はないだろう。ということで本シリーズ最後に、私なりの説明を紹介したいと思う。(長くなるがお許しいただきたい。もちろん馬頭付近での実地の口頭案内ではここまで詳しくは困難です。)

『市内の王子社の比定は以前から混乱しています。私は、先輩の郷土史家によって当地付近が「長岡王子」であり、岡中の紀州街道L字部分付近に「信達一ノ瀬王子」があったという説を支持しています。ただし、長岡王子についてはこの付近であったとは思いますが、現在の切通しは阪和線盛り土工事の時に、大きく削られて以前の街道と道筋が変わっています。村の古老の話によれば、もう少し幡代側、厚生福祉C側に元々の道があり、その道の傍らに小さな祠か地蔵のようなものがあったとする(複数の)伝承があります。(つづく)





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